森信三先生は森信三全集25巻を刊行されましたが、何故全集を刊行しようと決意されたかを
「森信三全集」の第5巻巻末に述べておられます。
第5巻 561ページ
わたくしの学問的系譜
一
今回の「全集」刊行の一事は、文字通り社の全運命を賭けた大事業であるだけに、
わたくしたち一家の者は、すべてが同心一体となって踏み切ったわけであるが、それだけに
そこには、色々と予想しなかった収穫もあったといってよい。
それというのも、平生はお互いに忙しくて、親子が話し合うというような機会は
メッタにないのに、「全集」の企画立案等のために、夜の午前1時半から2時ごろまでも、
親子が隔意なく話し合ったことは数知れぬほどあり、随ってそうした際、
時には予想もしなかったような話題の飛び出すことも、珍しくなかった
わけである。
そして、そのような思いがけない幾多の収穫のうち、一バン大きな収穫は何か
というに、それはわたくし自身の学問的な位置づけが、他ならぬわが子によって
為されたという一事である。
このようにいえば、人々はけげんな思いをされるであろうが、しかし、それが
事実である以上、いかんともし難いのである。
同時にこの問題は、わたくし自身にとっても、生涯における特筆すべき
事柄の一つゆえ、他日のためにも、ここに記しておきたいと思うのである。
たぶん八月上旬(昭和四〇年)の一夜のことであったであろう。
われわれ父子は、例により深夜まで、「全集」の企画について熟議していた
のであるが、その際何かのキッカケで、話はわたしの学問的立場が問題と
なったのである。
それというのも、「全集」刊行のそもそもの発端となったのは、神戸大学在職中
学生の卒業論文に芦田恵之助先生をテーマとした研究をーと思ってずいぶん
骨折ったが、結局大学の図書館に資料がないために、それは不可能であって、
祖父が先生のお弟子だったので先生の書物があるというわずか二人の
学生以外には、書かせることができなかったのである。
だがわたしが、自分の生涯の歩みを「全集」として一括しておきたいと
考えるようになったのは、以上の外にも、わたくし自身の学問的な歩みが、
世の常の学者とは、ある意味で根本的に違っているゆえ、そのように
類の少ない道を歩んだ者の足跡は、それが如何にささやかなものにもせよ、
わが国の学界ならびに教育界の片隅に、その存在が許されてもよくはないか
との念いがないわけでもなく、それが前記芦田先生の問題と一つになって、
ついに「全集」刊行に踏み切ることになったわけである。
このような次第で、今回の「全集」の刊行については、わたしの子供たちも
衷心から賛同し、協力してくれているわけである。
即ち子供たちも、わたくしの生涯の学問的な歩みについては、素人ながらにも、
ある種の理解は持っているわけで、もしそうでなかったとしたら、このような
大事業への踏み切りに、賛成するはずは絶対にないわけである。
こうした雰囲気の中にあって、前記のある夜、長男がわたしの学問的な歩みに
ついて、「お父さんの学問は、要するに現代における”実学なんだ”から、
他の学者と、その行き方の違うのは当然ですよ」というのである。
同時にこの「実学」という一語によって、わたくし、濶然として
眼が開けた思いがしたのであって、それはある意味では、わたくしが
学問の歩みを始めて以来のことと言ってもよいほどである。
わたしは、学問の道に踏み出してから、今年で卅五年ほどになるが、しかし
その間わたくしは、自分の学問的な立場が、ささやかながらも民族の学問的
伝統に汲みつつ、現代におけるその一継承でありたいとの希いは、片時と
いえども忘れたことはないが、しかしそれが端的に「実学」の一語によって
表現しうるとは、これまでほとんど意識せずに来たといってよい。
だがそれは、認識と自覚、さらには確認という点からいうことであって、
わたくし自身の歩みの上には、かなり以前から、そうした実学的な色彩はあったと
いえるようである。
そして、その最も顕著な現れとしては、かの「修身教授録」が何よりも
明らかに、これを実証していると言えるであろう。
実さい「修身教授録」ほどに、わたくしの学問の実学的性格をハッキリと
打ち出しているものは、他にないとも言えるであろう。
だがわたくしの学問が、徳川時代の実学の単なる反スウでないことは、あの
易解卑近な「修身教授録」の背後に、「恩の形而上学」や「学問方法論」
などが予想せられていることにも明らかであって、そこには、いわば
「実学の現代的展開」ともいうべき趣があるとも言えるであろう。
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